乙女峠の証し人
カトリック広島司教区列聖委員会

教皇の激励状

 このような生活を続けていた、キリシタンにとって非常に喜ばしいことがありました。それは、司教となったプティジャン神父と教皇ピオ9世からの慰めと激励の書簡が届いたことです。
 プティジャン司教は、キリシタンの総流配が断行されていたころ、第一ヴァティカン公会議に出席するために、日本を離れていました。1870年(明治3年)の末日本に戻った司教は、翌年の日本二十六聖人の祝日を祝い、「御主にたいしてとられしことごとくの人々え」と各地に流配されていたキリシタンに書簡を送り、キリストが十字架の祭壇でご自分をささげられたのにならって苦難に耐えるように、二十六聖人に取り次ぎを頼んでいることを伝えて、慰めと励ましのことばを贈ったのです。
 そしてこの年、横浜で教皇ピオ9世の在位25周年の式典を挙行し、在日宣教師とキリシタンの名において祝辞をローマに送ったところ、それに対する教皇の返書が日本教会に送られてきました。プティジャン司教は、それを日本語に訳して、「切支丹人中へ」と、流配中のキリシタンに配布し、教皇の気持ちを伝えたのでした。流配キリシタンの先祖が司祭を欠きながらも、長い世代にわたって信仰を失わなかったことに驚嘆の意を表し、宣教師による司牧がなかったにも関わらず、苦難と迫害に勇敢に立ち向かったことを称賛し、天国でキリシタンを待っている永遠のしあわせに希望をおき、最後には教会が現在の試練を経て勝利を得るのだ、ということを確信するように諭されました。
 

教皇の激励状(上智大学キリシタン文庫所蔵)